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  • 【Pre-Ordring】増田彩来『青い鳥』

    ¥3,300

    Abiding |Sara Masuda Size:H224mm × W210mm Page:72 ページ 並製本 Published in March 2026 ISBN:978-4-86541-224-6 ※予約商品につき、3月29日頃からの出荷開始予定です。 -------------------------- 雪の北海道を旅する二人を、静かに見つめ続けた写真集。 映画『青い鳥』の舞台となった北海道の風景のなかで、 森七菜演じるミチルと黒川想矢演じるトアの二人は、 同じ風景を見つめながら、言葉にならない時間をともに過ごしていきます。 その繊細な揺れ動きを、映画の監督であり写真家でもある増田彩来が、撮影の現場でカメラに収め続けました。 本書に収められた写真は、映画と並行して生まれながらも、カラーとモノクロのイメージが交差するページの流れのなかで、映画とは異なる呼吸をもつ、もうひとつの「青い鳥」を立ち上げていきます。 雪原、森、凍てつく湖。 増田が愛する北海道の光のなかで、 人と人が向き合うときに生まれる沈黙や距離、 そしてそこはかとない温もりが、静かに写し取られていきます。 映像には流れる時間があり、 脚本にはミチルのファインダーがあり、 そして写真には、増田彩来自身の視線があります。 スクリーンのなかでは流れていく一瞬が、 写真として留められることで、光の気配や感情の余白がゆっくりと浮かび上がる。 この写真集は、映画が問いかける「幸せとは何か」というテーマを、 忘れ切れない時間のかけらのように、 もうひとつの水脈からそっとすくい上げる一冊です。 -------------------------- 増田彩来(Sara Masuda ) 写真家 / 映像監督 2001年9月12日生まれ。東京都出身。 静止画の中に動を残すことを大切に、その瞬間を閉じこめたような写真が魅力の写真家。 映画宣伝ビジュアル、企業広告、アーティスト写真、CDジャケットなどのスチール撮影を担当。 2021年、20歳になる節目に、個展「écran [エクラン]」を開催し、11月には、「渋谷芸術祭」の公式プログラム「渋谷ストリートギャラリー」にて、渋谷各所のデジタルサイネージに、作品「深呼吸の在処」を掲載。 2024年3月、女優川島海荷を2年間撮り続けた写真展「直線のうみ」を開催。 映像監督としても活動しており、CMやミュージックビデオの監督・撮影を務めるなど、活動の幅を広げている。短編映画『カフネの祈り』が、SHORT SHORT FILM FESTIVAL&ASIA 2024にて、ジャパンカテゴリーオーディエンスアワードを受賞。 2025年には同映画祭にて、東京都との共同事業による、“Sustainable Recovery Project.”にて、短編映画「日の出を知らない街(※英語タイトル:The place before daybreak)」を制作し、YouTubeにて、世界配信。現在100万回の再生数を超える。 2026年2月時点でInstagramのフォロワー17万人を突破。 商業監督デビュー短編映画『青い鳥』が、複数の新鋭監督による短編作品を1本の映画として編み上げる、オムニバス企画『GEMNIBUS vol.2』として、TOHO シネマズ 日比谷にて 3 月 6 日(金)~3月 12 日(木) まで 1 週間限定公開中。 https://gemstone.toho.co.jp/content/aoitori/ アートディレクション・デザイン 石井勇一 スタイリスト 佐々木翔 ヘアメイク 山口恵理子 発行:赤々舎

  • 古里裕美 『TIDE』

    ¥6,600

    Hiromi Furusato TIDE Book Design:畑ユリエ 発行:赤々舎 Size:H257mm × W362mm Page:64 ページ 並製本 Published in January 2026 ISBN:978-4-86541-219-2 -------------------------- 関係の写詩 ── カメラを海に投げてしまえ。 ここに残るもので語るのだ。 (帯文:志賀理江子より抜粋) 「TIDE」 は、古里裕美が2015年から現在に至るまでの約10年間、宮城県石巻市に住むひとりの女性を中心に、共に同時代を生きる人々と、広がる光景、風景へとカメラを向けつづけてきた作品群である。 つかみようのない「現在」に揺らぎながらも、自分たちは生きて存在しているという実感が、写真の中で衝突し、溶けていく。 不確かさの受容から意味を超えて「在る」ことと「現在」の探求を試みる。 本作において印象的なことのひとつは、女性どうしがどの世代においても関係を築き、その結びつきが生の確かな軸となっている姿である。祖母、母、娘、友人、隣人へと静かに受け渡されるまなざしや時間は、個の営みでありながら、たしかに共同の感覚を宿している。 彼女を見つめるその眼差しは、同時にこちらへと返される。 写真のなかで向き合うとき、私たちはどれほど切実に、互いを見返してきただろうか。 海の満ち引きのように、生死や記憶は身の内で絶えず揺れ動いている。 身体の奥から溢れ出るものは、外界の光や風景と呼応しながら流れつづける。 私もまた、ひとつの海である。 「TIDE」 は、そうした内なる潮と外界の起伏が響き合う場として、存在と現在を見つめ直す試みである。切実さと豊かさが交錯するその像は、個の物語を超え、私たちが共に生きる時間の深層へと静かに開かれていく。 -------------------------- 古里裕美 (ふるさと・ひろみ) 1987年生まれ。2018年よりフォトアーキペラゴ写真学校に参加。 主な受賞に、APAアワード2019〈写真作品部門〉佳作(2019)、IMA next #24「MEMORIES」ティム・バーバー選(2021)、塩竈フォトフェスティバル2024 特別賞(2024)。2024年に個展「光になって会いに来て、光になって会いに行く」(WORK CINEMA Paradise)を開催。現在は東京と宮城県を拠点に活動中。

  • 馬場磨貴『DONOR』

    ¥5,500

    Maki Umaba DONOR Book Design:寄藤文平 + 服部季海 発行:赤々舎 Size:H257mm × W188mm Page:120 pages 上製本 Published in January 2026 ISBN: 978-4-86541-220-8 -------------------------- 聖母子像に準えて── 「母性」のイメージに問いを投げかけるポートレート 馬場磨貴が見つめる「母」は、賢母や慈母といった観念や記号ではなく、矛盾や揺らぎを抱えながら生きる、血の通ったひとりひとりの女性たちである。 美術館に並ぶ聖母子像から写真スタジオのメモリーフォトに至るまで、母と乳児のイメージは、長らく「幸福」の象徴として私たちの前に提示されてきた。 慈悲深く静謐なまなざしをたたえた聖母、光に包まれた記念写真に写る柔和な母性──そうして演出され、反復されてきた理想化された母子像は、無意識のうちに私たちの内部へと刷り込まれている。 『DONOR』において、馬場は、西洋の聖母子像をなぞる構図で撮影を行いながらも、授乳中のポートレートを通して、人が無意識に持つその「母性」のイメージに問いを投げかける。 聖母マリアが突然の受胎告知を受けたとき、私たちが想像するように静かにそれを受け入れたのだろうか──。 ある瞬間、社会的な要請とまなざしの中で「母」と見なされ、その役割を引き受けることになる女性たち。甘美で抽象的な世界から遠く、今日も淡々と目の前の命に自分を与え続ける、その視線の先にあるものは何なのか。 写真ページの間には、個々の女性の戸惑い、身体的経験など、彼女たち自身の言葉も収められている。母という像だけが先行するなか、それぞれの自宅室内で撮影されたポートレートの背景からも、現実の女性たちの、複雑に交錯する迷いや怒り、疲労や不条理、愛と不安に光が当てられる。 妻、母、娘、友人、隣人──その先に、あなたはあなた自身でもあるという尊さが立ちあがるポートレート作品。 -------------------------- 馬場磨貴(うまば まき) 東京都生まれ。美術大学油絵科在学中から写真を始める。 大手新社出版写真部を経て、文化庁新進芸術家海外派遣制度奨学生として渡仏。 Ecole Nationale Supericure de la Photographie ARLES に学ぶ。 写真家 Lucien Clergue氏の暗室プリンターとして、多くのモノクロ銀塩プリントに関わる。 帰国後はフリーランスとして雑誌や広告で活動。 文化学園大学、日本写真芸術専門学校非常勤講師。 1996年、第33回太陽賞 準太陽賞受賞、第5回 Canon 写真新世紀佳作受賞。 主な写真集に、「ABSENCE」(蒼穹舎、2008)、「We are here」(赤々舎、2016)、「まぼろし/写真+詩・谷川俊太郎」(私家版、2022)などがある。

  • 若山忠毅『閾(しきい)』

    ¥5,500

    Tadataka Wakayama Threshold Book Design:木村稔将 発行:赤々舎 Size:H228mm×W300mm Page:136 pages 上製本 Published in January 2026 ISBN: 978-486541-218-5 -------------------------- 若山忠毅による写真集『閾(しきい)|Threshold』 は、2013年以降、成田空港周辺で継続的に撮影されてきた写真作品から構成されています。 そこに写し出される風景は、出来事を説明したり、特定の立場を主張したりするものではありません。むしろ、何かが起きた「あと」にもなお残り続けている場所の気配や、意味が定まらないまま佇む空間のあり方が、静かに差し出されています。 成田空港とその周辺は、激しい反対運動の歴史を内包し、長い時間をかけて姿を変えながら、いまもなお更新され続けている場所です。 本書に収められた写真は、その変化の過程を記録するというよりも、過去と現在、内と外、公と私といった境界が曖昧になる地点に立ち現れる風景を見つめています。 若山は、撮影に際して明確な結論や物語を設定することなく、空港周辺を歩き、主に飛行機の発着の方向に視線を向け、シャッターを切る行為を重ねてきました。その積み重ねによって浮かび上がってくるのは、どこかに属しているようで、同時にどこにも回収されない空間の姿です。 写真集のタイトルである「閾(しきい)」は、ある場所から別の場所へと移る際に立ち止まる境界であり、また、認識が定まる直前の不確かな領域をも示唆しています。 本書は、風景を理解するための答えを提示するのではなく、その手前に立ち、見る者それぞれの感覚や記憶を静かに呼び起こす一冊となっています。 なお巻末には、若山忠毅によるテキストとともに、松田貴子による寄稿文を収録しています。異なる視点から紡がれる言葉が、写真と緩やかに呼応しながら、本書の射程を広げています。 -------------------------- 若山忠毅 1980生まれ。2011年早稲田大学芸術学校空間映像科卒業。 主な個展、2024「閾」ニコンサロン(東京)、2023「パスとエッジ」 Alt_Medium(東京)、2020「離合/集散」Kanzan Gallery (東京)など。 主なグループ展、2014「第10回写真 1_WALL」ガーディアン・ガーデン(東京)など。 TAP Gallery元メンバー。

  • 勝又公仁彦『Remains』

    ¥6,050

    Kunihiko Katsumata |Remains Book Design:遠藤一成 発行:赤々舎 Size:H230mm×W304mm Page:136 pages 上製本、表紙帯2種 Published in December 2025 ISBN: 978-4-86541-217-8 --------------------------- 広島と長崎で撮影された被爆樹木。戦後80年、生のレクイエム 写真集『Remains』は、写真家・勝又公仁彦が、2005年8月、広島と長崎で被爆樹木と呼ばれる木々を夜の闇の中で撮影したシリーズである。爆心地から約2キロ圏内で生き延びた木々は、今もなお原爆の痕跡をその身体に刻み込んでいる。幹の一方には焼け焦げ、緊張した樹皮が残り、反対側ではそれを補うかのように膨張や傾きが生じている。そこには、破壊を受けた後も生きる、時間を内包した形態がある。 木々のかすかな「呼吸」を捉えるため、撮影は夜に行われ、単なる記念碑でも象徴でもなく、いまなお戦争を内在させた存在として被爆樹木が写されている。 「Remains」とは、残骸ではなく、原爆がこの世界に残し続けているものの総体を指す。 本書は、終わったはずの戦争が、いまだ生の内部で続いていることを静かに示し、生きているもののための鎮魂として、わたしたちの現在を問い返す。 被爆樹木の中でも戦争は終わっていない。 それは痕跡や記憶にもなれず、今も生身に起こっている現実である。 「REMAINS」はその生きている見えない戦争の様を写し出す。 それらの写真を見ていると、実は樹木ではなく、世界の方が朽ち、 ゆっくり消えてゆくように思えてくる。──── 伊藤俊治 被爆建物と被爆木、どちらも被爆遺産であるが決定的な違いは、 被爆木は生き物であるということ。被爆の傷跡を残しながら、 これまで生き続けてきて同じ時間を過ごしている。 その自己修復力に勇気づけられた被爆者も多い。 被爆建造物は被爆時点で時間が凍結しており、 破壊と軍事を象徴するものであるのに対し、 被爆樹木は生命と再生・復活という未来への願いを人々に感じさせる。──── 鈴木雅和 -------------------------- 勝又 公仁彦 早稲田大学法学部卒業、インターメディウム研究所修了。多様な被写体のもとで「時間」「光」「場所」などをサブテーマに、常に写真の構造に触れるコンセプチュアルな作品展開を続ける。 主な展覧会に「写真の現在2 —サイト— 場所と光景」(東京国立近代美術館、2002年)「Natura Morta 」(Leica gallery Solms、2006年)「Dwelling」(世田谷美術館主催、2008年) 「kunihiko katsumata」(森アートセンター六本木ヒルズクラブ、2011年)「都市の無意識」(東京国立近代美術館、2013年)など。 主な受賞に「さがみはら写真新人奨励賞」(2001年)、「日本写真協会新人賞」(2005年)。 東京国立近代美術館、世田谷美術館、沖縄県立博物館・美術館など国内外の主要なコレクションに作品が収蔵されている。

  • 上原沙也加『眠る木』

    ¥4,950

    上原沙也加 / Sayaka Uehara 『眠る木 / Sleeping Trees』 Book Design:鈴木千佳子 発行:赤々舎 Size:H219mm × W205mm Page:160 pages Published in December 2022 ISBN:978-4-86541-159-1 ーーーーーーーーーーーー 沖縄で生まれ、再びその地で暮らしながら写真を撮る、上原沙也加の初写真集。 身近な街を歩き、ときにバスで離れた街に降り立って撮影する風景には、ほとんど人は写っていない。 マネキンの指、レストランの客席、ジュークボックスを掠める機影、布貼りの聖書、マクドナルドのサイン......。 すべて日常的な光景は人の営みを湛え、声なき声で語りかけられているような気配を帯びる。自分の生活の場所から、それぞれが経てきた時間を想像するような地続きの眼差しが、写真にある。 いくつもの痕跡を秘め、歴史の層を重ね、存在が消失してもなお、そこに在る風景。複雑な時間への回路と、沈黙の奥にある痛みを写真は指し示す。 タイトル『眠る木』は、本書に収められたさまざまな木のシルエットと同時に、ギンネムを殊に想起させる。 又吉栄喜が小説「ギンネム屋敷」の扉に、「終戦後、破壊のあとをカムフラージュするため、米軍は沖縄全土にこの木(ギンネム)の種を撒いた」と記すように、沖縄のどこにでも繁茂しているギンネム。土地に根を張ったこの木から、フェンスのような表紙の模様は施された。その上に、明暗のあいだに浮かびながら、マネキンの指の写真はある。 2026年1月24日 重版出来 - - - - - - - - - - - - - "上原沙也加は、沖縄というものを決して理想化しない。上原の撮る沖縄はどれも優しいが、しかしその底には、断固たる強い決意がある。お仕着せの話法を使うのではなく、あくまでも自分の目で見た、そこにある沖縄を撮るのだ。そしてそれが、例えようもなく美しい。おもろまちのモノレール駅や免税店をそのまま写すことで、これほど美しい作品になるとは、誰も想像もしなかっただろう。ここに写されているのは、あくまでもふつうの、どこにでもある、しかしほんとうに美しい沖縄の姿である。" 『眠る木』帯文 より 岸政彦(社会学者・作家) - - - - - - - - - - - - - "風景とは自然と人間との関係だと地理学者であり思想家のオギュスタン・ベルクは言ったが、風景とは自然と人間と時間とそこで起きたことの関係であると今の私は思う。見えるものと見ることができないものと想像することで見ることができるものを、結び、関係させ、出会うことを可能にするのが、写真なのかもしれない。 どうすれば「見る」ことができるのか。 写真の中にあるそれを、私は探す。" 『眠る木』寄稿 柴崎友香(小説家)「そこで起きたこと そこで続いていること」より - - - - - - - - - - - - - " 『眠る木』には、前世代の物語のその後を、写真という光の鉛筆によって加筆した、といっても的を外したことにはならないはずだ。あたかもこの地に根づき、長い時のなかで繁茂したギンネムが繁茂の果てに〈眠る木〉に変わるように、「記憶素」 や「歴史素」や「経験素」などいくつもの〈素〉の 呟きや瞬きをレンズの詩学に翻訳していったのだ。(中略) 『眠る木』によって、写真とは哀しみと淋しさを織るメディウムであること、そして写真とは旅であることを思い知らされる。亜熱帯の光と色の〈あいだ〉を調律するニューカラーな上原沙也加の路上の光学にして詩学は、写真集のページを繰る者の眼の経験を新しくしていくだろう。" 『眠る木』寄稿 仲里効(映像批評家)「路上の詩学 ニューカラーな邦のさみしさの思想」より ーーーーーーーーーーーー 上原沙也加 1993年沖縄県生まれ。写真家。2016年、東京造形大学卒業。同年、消費の対象として作り上げられた「沖縄」の記号的解釈による既存のイメージではなく、誰かの生活の延長線上にある地続きの場としての沖縄の日常の風景を捉えようとしたシリーズ「白い季節」を発表。2019年、写真プロジェクト「沖縄写真タイフーン〈北から 南から〉」に選ばれ、東京・沖縄の二会場にて展覧会「The Others」を開催(キヤノンオープンギャラリー 1、INTERFACE - Shomei Tomatsu Lab.)。風景のなかに立ち現れる記憶や傷跡、場所が保持している時間の層の断面を捉えようと試みる一連の写真を展示した。 2020年、同作で第36回写真の町 東川賞新人作家賞受賞。 2026年「あざみ野フォト・アニュアル2026:たとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」(横浜市民ギャラリーあざみ野)、「前の浜」(MISA SHIN GALLERY)を開催。

  • 曹良賓 『Becoming Taiwanese』

    ¥6,050

    曹良賓 / Liang-Pin Tsao 『Becoming・Taiwanese』 Book Design:Sheri Lai 発行:赤々舎 Size:H257mm x W173mm Page:168 pages Published in October 2025 ISBN:978-4-86541-214-7 ーーーーーーーーーーーー 本書 は、 <想像之所〉と〈如儀> という二つのシリーズ作品に、 日本統治時代および国民党政権時代のポストカード、 常民写真、 文書資料などを再構成により組み合わせ、歴史を問い直す試みである。 2015年に開始された 〈想像之所〉は、かつて日本の神社であった場所を含む台湾各地の忠烈祠を撮影したシリーズである。 殉国者を祀る聖域において、 亡者と生者、 神聖と世俗、 専制と民主の体制が同時に存在する、 その緊張関係に目を向けた。 2020年から展開されている〈如儀〉は、忠烈祠に向かって最敬礼を行う所作を儀式的行為として記録し、個人的な経験との対話を試みる作品である。 身をかがめて頭部が見えなくなる姿勢を通じて、 植民地支配の影響を受けた建築が内包する権力的空間を見直すと同時に、無自覚に身についた習慣と生政治的支配(フーコー以降の思想に由来する概念、権力が日常の所作や身体の振る舞いとして作用するあり方)との微かな関係性を問いかけている。 10年前、 曹良賓は米国留学中に撮影した作品を 『中途』 として出版した。 異国で暮らす台湾人として、行き場のない漂泊感や、進むべき道を見失い、どこにも居場所を見出せない無国籍者のような心境を映し出そうと試みた。 帰国後、台湾各地の忠烈祠を記録するようになり、あたかも遺影を撮るかのように、厳粛にシャッターを切った。やがて自ら被写体となり、儀式のように最敬礼を行うことで忠烈祠に別れを告げた。 学者の黄涵槍は以下のように述べている。 「アーカイブは記憶の技術として、主体の存在および歴史的真実に不可欠であると同時に、 言説、学問、 体制と権力がせめぎ合う場でもある。 個人の記憶は集団の記憶と縫合されながらも、両者の間に矛盾や衝突が生じる」 本作において、台湾の植民地としての歴史を振り返ることは、単に過去を記憶するためではでなく、既存の歴史認識から解放される契機を得るためである。 歴史・権力・身体空間のせめぎ合う場所から問い直す『Becoming Taiwanese』が、 民主、自由、独立を追い求める人々の物語に耳を傾け、 新たな思考と対話を開く一助となることを願っています。 ーーーーーーーーーーーー 曹良賓 新竹出身の台湾人。台北を拠点に生活・活動する。芸術制作、組織運営、公共サービスに従事。2016年にLightbox攝影圖書室(ライトボックス写真図書室)を設立し、台湾写真の保存・研究・普及に尽力。2025年には第1回TIPF台湾国際写真祭を開催し、芸術の民主化を推進した。これまでに写真集『中途』(2015年、自主出版)および『Becoming・Taiwanese』(2025年、日本・赤々舎)を刊行している。

  • サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ、清水裕貴『オランダ × 千葉 撮る、物語る』

    ¥4,400

    ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ、清水裕貴 『オランダ × 千葉 撮る、物語る』 発行:赤々舎 Size:H257mm x W182mm Page:224 pages Published in December 2025 ISBN:978-4-86541-216-1 ーーーーーーーーーーーー 本書は、新進気鋭の若手写真家デュオ、サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウによるオランダパート(左開き)と、写真家・小説家である清水裕貴の千葉パート(右開き)から、それぞれ「眺めの反照」と「眺めの継承」をテーマに展開します。 アムステルダムとパリを拠点に活動する新進作家サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウは、反射や影を効果的に使用した独自の写真表現により、近年、大きな注目を集めています。 都市を遊歩者のごとく歩き回り、抽象的な構図、反射、影、独特のフレーミングを特徴とする二人のストリートフォトは、「都市におけるあるがままの、ほとんど定義しがたい要素」を捉えており、「人々の曖昧なシルエットであれ、 豊かな色彩や抽象的な形、詩的なリズムであれ、すべて都市そのものの構成要素」として、「場所の本質」 を呼び起こします。 絵を描くように光と影をとらえ、イメージを再構築するあり方は、ロックダウン中の自宅室内で制作されたシリーズ「Still Life(静物)」においても展開されています。日常の情景(眺め)が、反射像や壁に投影された影を通して予期せぬイメージへと変容し、その表象はシュルレアリスムや自画像の系譜も引き継ぐかたちで現れています。 一方で、デジタル時代の申し子とも言える世代として、2000年代初頭に10代を過ごした彼らの作品から呼び起こされる都市の記憶の断片や歴史的な痕跡は、多くの場合、映画的な要素とも深く結びついています。とりわけ米国の映画監督ジョン・カサヴェテスに大きな影響を受けたと二人は語っており、コロナ渦のニューヨークに降り立ち撮影が開始されたシリーズ「Metropolitan Melancholia」では、数多のストーリーの舞台となった都市の記憶の断片と、再生途上の街の気配が反照し、物語性が喚起されます。 写真と小説、ふたつの表現手段を行き来する千葉県出身の清水裕貴は、ある土地の歴史や伝承を入念にリサーチし、歴史をひもときながら、現実と虚構を往還し、時空を超えてたゆたう物語を紡ぎ出すという独自の創作スタイルをもっています。 今作では、今から140年余り前に建設された、国の重要文化財、松戸の戸定邸に残る徳川昭武の古写真を着想源としています。 稀代の記録マニアだった昭武が残した撮影や旅の記録、日誌などの膨大な資料―それらを読みこみ、丹念に写真と紐づけ、昭武の足取りを詳らかにしようとする「学芸員K」に導かれながら、清水は、戸定邸や周辺の田園風景、稲毛の海を辿っていきます。 時代を経て変わりゆく現実の風景(眺め)。徳川昭武の古写真や日誌(松戸市戸定歴史館コレクション)、バルビゾン派の画家、ビゴーの眼差し(千葉県立美術館コレクション)── 時間の漂流物とも言えるそれらの眺め=継承される風景を「語り直す」ように、清水は言葉と写真で綴る時空を超えた物語へと誘います。 サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ × 清水裕貴の、撮ることによって立ち上がるそれぞれの物語──それらが、風景の奥に潜む時間と記憶のあいだで反照されながら、観るわたしたちのなかにもあらたな物語として開かれていくことを願っています。 ーーーーーーーーーーーー サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ アムステルダムとパリを拠点に活動するオランダ出身の写真家。 2人はパートナーであり、ユニットとしても個人としても活動し、考え抜かれたフレーミングと構図によって、シュルレアリスムの系譜に通じる作品を創り出している。 ファッションブランドやエディトリアルのコミッションワークも手がける。 2023年に2人の初の写真集『Metropolitan Melancholia』をKOMINEKより出版。同年にサラ・ファン・ライによるルイ・ヴィトン フォトブックシリーズ『ファッション・アイ、ソウル』も刊行。 2025年12月より、サラ・ファン・ライにとって初となる美術館での個展を、パリのヨーロッパ写真美術館で開催予定。 清水裕貴 千葉県生まれ。2007年、武蔵野美術大学映像学科卒業。2011年、第5回写真「1_WALL」グランプリ受賞。2016年、第18回三木淳賞受賞。小説では2018年、新潮社R18文学賞大賞受賞。土地の歴史や伝承のリサーチをベースにして、写真と言葉を組み合わせて風景を表現している。主な出版物に、小説「ここは夜の水のほとり」新潮社(2019)、小説「海は地下室に眠る」KADOKAWA(2023)、写真集「岸』赤々舎(2023)。主な個展に「眠れば潮」(PURPLE、2023)、「浮上」(PGI、2024)、主なグループ展に、「千葉ゆかりの作家展百年稲子の海」(千葉市民ギャラリー・いなげ/旧神谷博兵衛稲毛別荘、2021)、「とある美術館の夏休み」(千葉市美術館、2022)、「MOT アニュアル2024こうふくのしま」(東京都現代美術館、2024)がある。

  • 木村和平『石と桃』

    ¥8,800

    木村和平 『石と桃』 発行:赤々舎 Size:H380mm x W240mm Page:96 pages Published in December 2025 ISBN:978-4-86541-213-0 ーーーーーーーーーーーー 写真の空間、本の空間、そして身体の織りなす光景 作品の構想から10年、「石と桃」が一冊の本として刊行されます。 ものの大小や遠近が現実と異なって見えたり、色覚・時間感覚に異常をきたすなど様々な症状が現れる「不思議の国のアリス症候群」。 十年前に症状の名を知った木村は写真表現を始めるのと同時期にこの症候群についての作品を作りたいと思うようになります。 展示や私家版などを通してこれまで繰り返してきた数々の実験では、ときに写真の歴史とも交差しながら、その感覚を作品に宿すことを試みてきました。 タイトルである「石と桃」は、モノトーン調の硬いものと発色のよい柔らかいものとが混ざり合う、木村が日常的かつ突発的に見ているイメージの一つを言語化したものです。 当初、その実現不可能性から本という形ではまったく想定されていなかったシリーズは、3年間5度にわたる展示を経て、時々の身体と向き合い、あたらしい要素を受け入れていくなかで徐々に形を得ていきました。 写真集『石と桃』では、空間と身体の関わり合い、感覚の混ざり合いが、本でしかできない試みを通して見事に結実しています。 見ることと、そこに含まれる謎が幾重にも息づく写真。感覚の変容が繰り返し呼び覚まされる構成や、蛍光ピンクの糸かがりなど作品そのものを体現するかのような造本設計。体積のような余白の白。一枚一枚のページを横に進んでいくだけでなく、縦にも奥にも眼差しが向かいながら、写真の空間、本の空間、そして身体が関わり合う独自の体験が立ち上がります。 緻密に設えられた空間でありながら、写真には、"その瞬間に出会ってしまう"スナップの質が静かに流れています。 コントロールされた状況の中で、意図の外側からふいに立ち上がる光や気配。その"不可避の一瞬"を受けとめる姿勢が、木村の写真表現をスナップから今日へと連続させています。 わかる"と"わからない"の境界を飛び越え、知覚や認識の差異そのものが静かに立ち上がってくる── そんなあたらしい経験をもたらしてくれる一冊です。 見ることの豊かさと謎めきを湛える写真集『石と桃』。その感覚が、それぞれの身体に静かに宿ることを願っています。 ーーーーーーーーーーーー 木村和平 1993年、福島県いわき市生まれ。東京在住。第19回写真1_WALLで審査員奨励賞(姫野希美選)、IMAnext #6「Black&White」でグランプリを受賞。主な個展に、2022年「石と桃」(Roll)、23、24年「石と桃」(Roll / PURPLE)、25年「石と桃」(Roll)、2020年「あたらしい窓」(BOOK AND SONS / book obscura)、2019年「袖幕 / 灯台」(B gallery)。主な写真集に、『IRON RIBBON』(Libraryman)、『あたらしい窓』(赤々舎)、『袖幕』『灯台』(共にaptp)など。

  • エルヴィン・ヴルム『人のかたち Human Form』

    ¥3,850

    エルヴィン・ヴルム 『人のかたち Human Form』 発行:赤々舎 Size:H257mm x W182mm Page:128 pages Published in September 2025 ISBN:978-4-86541-212-3 ーーーーーーーーーーーー オーストリアの重要なアーティストの一人であるエルヴィン・ヴルムは、石膏や金属といった伝統的な彫刻の素材だけでなく、写真や衣服、絵画といった多様なメディウムを用いて、彫刻表現の特性を探究し、その固定化された概念を拡張してきました。 本書では、彫刻の最も原初的なモチーフである人の身体を起点に、時間、量塊と表面、具象と抽象を巡るヴルムの作品を紹介します。 衣服や家具といった身の回りの物質や、言葉の記号的な意味、あるいは社会のイデオロギーといった様々な要素に影響を受ける「人のかたち」の輪郭は、脆弱で可変的であり、自由な可能性を含むものです。 ヴルムの代表作である、《ファット・ハウス》と 《ファット・カー》の膨張した家や車のかたちは、体重の増減による人の身体のボリュームの変化と 、粘土や石膏を加えて造形していく彫刻の制作プロセスの類似性にヒントを得て作られています。 「私たちは毎日、彫刻的な営みをしている」と語るヴルムは、家や車、家具なども人の身体の延長と考え、作品のモチーフに利用しています。資本主義経済における権力や富、欲望の象徴でもあると考えられるものたちがあえて歪められた作品は、「こうあるべき」という標準として受け入れられているものに、複数の視点から問いかけます。 また最新作である《学校》では、外観のコンパクトで明るく可愛らしい印象とは対照的に、内部は均一に細長く歪められた形をしており、古い教材やプロパガンダのポスターが展示されているなど、奇妙な印象を与えます。この作品では、建物に足を踏み入れた際に生じる身体的な閉塞感と、抽象化された教育制度がもつ歪みや抑圧(ヴルムが「知識は老いる」と述べるように)が重なり合います。 ヴルムは、彫刻の最も原初的なテーマである「人間のかたち」に対して多様なアプローチを試み、「質量の錯覚」を観る者の知覚に巧みに刻み込んできました。ヴルム作品における、質量と体積、皮膚と表面、重さと時間、抽象と具象といった概念は、三次元彫刻や写真、絵画、インスタレーションといったジャンルの枠組みを超えて広がり、時に面白おかしく、時に批評的に、社会に存在する規範・制度・権力の構造を炙り出しながら、彫刻表現の思考領域をさらに拡張しています。 「皮膚」シリーズ、「平らな彫刻」シリーズなど、日本で初公開された近年の作品に加え、ドローイング、2本のエッセイ、エルヴィン・ヴルムへ本人のインタビューも収録。 編集、寄稿:中川千恵子 寄稿:アントニア・ヘル シェルマン ーーーーーーーーーーーー エルヴィン・ヴルム 1954年オーストリア、ブルック・アン・デア・ムーア生まれ。ウィーンとリンベルクを拠点に活動。ウィーン応用美術大学とウィーン美術アカデミーで学ぶ。ヴルムは彫刻の概念を徹底的に拡張し、時間、量塊と表面、また具象と抽象の関係について問いかける。主な個展に「Deep」(国立マルチャーナ図書館・コッレール博物館、イタリア、2024年)、「Trap of the Truth」(ヨークシャー彫刻公園、イギリス、2023-2024年)、「Erwin Wurm Photographs」(ヨーロッパ写真美術館、フランス、2020年)など。彼の作品は、「第57回ヴェネチア・ビエンナーレ」(イタリア、2017年)のオーストリア館で展示された。ポンピドゥー・センター(フランス・パリ)、ニューヨーク近代美術館(アメリカ・ニューヨーク)、テート・モダン(イギリス・ロンドン)、ペギー・グッゲンハイム・コレクション(イタリア・ヴェネツィア)、龍美術館(中国・上海)、国立国際美術館(大阪)、十和田市現代美術館(青森)、ヴィクトリア国立美術館(オーストラリア・メルボルン)などに作品が収蔵されている

  • 中山博喜『BORODINO』

    ¥4,950

    中山博喜 『BORODINO』 発行:赤々舎 Size:H188mm x W262mm Page:80 pages Published in September 2025 ISBN:978-4-86541-209-3 ーーーーーーーーーーーー 中山博喜による写真集『BORODINO』は、那覇空港からプロペラ機で約1時間、太平洋に浮かぶ絶海の孤島・南大東島を舞台に制作されたシリーズである。 南大東島に人が住み始めたのは、今からおよそ130年前。島の人口は長らく、大きく増減することなく、1000人前後を保ち続けてきた。 この島には高校がなく、進学のためには誰もが一度、島を離れなければならない。にもかかわらず人口が変わらないということは、出ていく人と同じ数だけ、島に入ってくる人がいるということを意味している。 なぜ、絶海の孤島で、そのような循環が成立しているのか。 その理由を紐解くために、著者はカメラを携え、島を歩き、島の時間に身を委ねた。 そこで出会ったのが、島に最初に上陸した23名の開拓団が発見した「水」の存在だった。 淡水池という希少な恵みが、この島での暮らしを可能にし、人々の営みを支えてきた。現在では、その水は島内の水耕栽培施設にも受け継がれ、野菜を育て、生活を循環させている。 移民の歴史、水の発見と循環、濃密な緑の奥行き。 それらに静かに触れながら、本作は「必要な分だけを受け取り、豊かに生きる」という、島に息づく「ほどほど」の精神を浮かび上がらせていく。 中山は、前作『水を招く』では、中村哲医師とともにアフガニスタンの地で、水と人間の関係を見つめてきた記録を著した。本作『BORODINO』は、その視線を日本の南端へと移しながら、水と土地、そして人の営みを、長い視座で捉え直し、確かな手触りで写し取った一冊である。 「BORODINO」という名は、島に最初に与えられた外部の呼称である。1820年にロシア海軍の軍艦「ボロジノ号」によって発見され、その艦戦の名をとって地図に記されたときから、島は世界と接続された。本作は、その長い時間の層を踏まえながら、いまも続く島の呼吸を伝えている。 ーーーーーーーーーーーー 中山博喜 福岡生まれ。大学卒業後5年間にわたり、NGO団体・ペシャワール会の現地ワーカーとして活動に参加。活動の傍ら、パキスタン、アフガニスタンの日常を撮影する。帰国後は撮りためた写真を個展などで発表するとともに、色彩をテーマとしたカラー作品の制作を行っている。著書に「水を招く」(赤々舎)。京都芸術大学教授。

  • AAWAA 『丹』

    ¥5,500

    AAWAA 『丹』 発行:赤々舎 Size:H210mm x W158mm Page:72 pages Published in September 2025 ISBN:978-4-86541-208-6 ーーーーーーーーーーーー 自然と人はどのように関わり、何を「美」として受け継いできたのだろうか。 そして、私たちは日々の暮らしのなかで、その営みとどのようにつながりうるのだろうか。 美術、建築、工芸、服飾といった複数の領域をゆるやかに横断しながら、無名性の高い表現を続けてきたAAWAAは、作家名の呼び方さえも鑑賞者に委ねてきた。その姿勢は、歴史のなかで名を残さずとも確かに存在した無数の創造行為や、名もなき人々が紡いできた「美」や「心」に想像を向けることと深く通じている。 作家自身が生活と創造の拠点として選んだ京都・南丹市美山。そこで培われてきた時間や経験は、2023年、「丹(に)」と題された作品へと結実し、丹後古代の里資料館において、弥生時代後期の遺物と呼応する空間インスタレーションとして発表された。 展示の契機となったのは、同資料館で出会った墳墓から出土した「丹」の土である。赤く染まるその土は、かつて海を越えて人と人を結び、儀礼や生活のなかで重要な意味を担ってきた素材だった。 この出会いを起点に、「丹」は、海と時代を越えて連なってきた創造の歴史をたどるプロジェクトへと展開していく。 かつて異郷の地にたどり着いた人々が見出した「美」とは何だったのか。 そして、現代を生きる私たちが、海の向こうにある未知の世界に見出そうとする「美」は、それとどこかで響きあっているのだろうか。 本書『丹(に)』は、そうした問いを静かに抱えながら、遥かな時間から受け継がれてきた自然と人との営み、そして日々の暮らしのなかにある小さな創造の連なりを想起させる一冊である。 生きる土地の傍らにある素材を用い、暮らしの空間を手探りでつくっていくこと。 絵を描くように、器を形づくるように、木を組み、紙を貼り、壁を塗ること。 それらのひとつひとつは、AAWAAが日々の生活のなかで実践してきた行為であり、同時に、美術家として目指す「美しい術」と「思考」が交差する地点でもある。 ーーーーーーーーーーーー AAWAA 日本生まれ。現在、京都北部の里山にある草葺家屋の古民家を拠点に活動。COSMIC WONDER主宰。立体、絵画、写真などのメディウムを介し、自身の経験した事象を主体に精神的な空間を構成している。主な個展として、「溌墨智異竜宮山水図」Taka Ishii Gallery (2018年)、「ECHOES」Taka Ishii Gallery (2011年)、「UNIVERSAL LOVE」Taka Ishii Gallery (2009年)。主なグループ展として、「あしたの畑 2024」京丹後・SEI TAIZA / TAIZA レジデンス(2024年)、「ECHO あしたの畑―丹後・城崎」京丹後市立丹後古代の里資料館(2023年)、写真とファッション 90年代以降の関係性を探る」東京都写真美術館(2020年)、ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR―世界はどこまで知ることができるか?」横浜美術館(2011年)、「MOTコレクション Plastic Memories―今を照らす方法」東京都現代美術館(2010年)など。

  • 泉イネ『未完本姉妹 - 本姉妹の本にまつわる話 - 』

    ¥2,200

    泉イネ『未完本姉妹 - 本姉妹の本にまつわる話 - 』 発行:赤々舎 Size:H210mm × W148mm Page:48 pages|中ミシン綴じ製本 Published in November 2025 ISBN: 978-4-86541-215-4 ーーーーーーーーーーーー 本姉妹と絵描きが、それぞれの「本」をそっと指差した記録 AKAAKA BIRD Vol.2  泉イネが2008年より関わってきた〈未完本姉妹〉のプロジェクトから、本姉妹モデル6名の本にまつわるエピソードを集めた一冊。 「本姉妹」とは、本に親しみ、本と関わりのあった6名の女性を、著者が架空の姉妹と設定し、さまざまな集いを共にしたものです。 「絵描き」にとっても、互いにとっても、実際には家族でも友人でもない不思議な間柄の彼女らが、「本」で微かに結ばれ、それぞれの体験や思いを語るこの小さな本は、「声」のもつ生々しさと抽象性が融け合い、読者もまたこの語りに自らを重ねていきます。 歳月のなかで、「本姉妹」という謎めいた設定に戸惑い、揺らぎ、日常の変化を経ていくひとりひとり。描くことから彷徨いはじめ、漉されて残る結晶を読み返す「絵描き」。 本書は、なお旅の途中にある本姉妹と絵描きが、それぞれの「本」をそっと指差した記録です。 撮影:髙橋弥史、澁谷征司協力:森山邸、carina ーーーーーーーーーーーー 泉イネ 絵を描く旅。様々な分野や土地の間を描くように往来。 詩集、絵本、カタログの装画、ウィンドウデザインやお皿の図案なども手がける。 2007年以前は「紺泉」の号にて装飾をモチーフに細密画風を7年間描き、紺号最後の個展『ある庭師 多分のひととき』(2007年 原美術館)ののち2008年以降は泉イネへと号を改めた。

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